2016年12月22日木曜日

建物・建築について③


今週のお題:建物・建築について ③


今日は私的に訪れてみたいところをご紹介したいと思います。
先にお断りしますと、建物・建築ではない場所もご紹介しています。
さらに、怖い場所や怖い写真が苦手な方は後半、気を付けてください。


では、まずはこちら。

【ウクライナ 愛のトンネル】

 

ウクライナの首都キエフから350㎞ 離れた林業の盛んな人口8千人程度の小さな町にこのトンネルはあります。
地元では「THE TUNNEL OF LOVE(愛のトンネル)」と呼ばれています。
その名の通り、こちらは「恋人たちの願いが叶うパワースポット」と言われています。
「愛し合う恋人たちが手をつないでこのトンネルをくぐると願いが叶う」そうです。
ちなみに、恋人がいない人も恋人たちの幸せのおすそわけをもらえるそうです。


神秘的で美しいですよね。


でも、なぜこのようなトンネルがきれいに出来たか不思議ではありませんか?

実はこのトンネル、木材運搬用の線路なのです。
よくよく見ると線路があるのがおわかりになるでしょうか?
生い茂る樹々の葉が日に何度も通る木材運搬用の列車にカットされてできたトンネルなのです。
そして、木材運搬中の列車がこちらです。


このように、最初は木材運搬用が今は「THE TUNNEL OF LOVE(愛のトンネル)」となりました。
こちらのトンネルでは挙式もできるようで、ウエディングフォトの為に訪れる方もいるそうです。
調べてみると、ツアーでも行けます。

<愛のトンネルも訪れるウクライナ・モルドバ・ベラルーシ三国紀行 9日間>

http://www.eurasia.co.jp/travel/tour/EBM9

人気のようですので訪れてみたい方はお早めにどうぞ。

でも、ちょっとお高いですし、スケジュールも合わないという方の為に京都で似た雰囲気の場所はないかと探した結果、ありました。
それがこちら、


京都の竹林の小径です。風情があって凛とした雰囲気です。
近くにはトロッコ列車もあります。


愛のパワースポットか否かはさておき、周辺にはお寺や渡月橋もありますので楽しめると思います。
ちなみに、1月と2月はトロッコ列車は冬季運休となりますが、トロッコ列車が運休する期間を利用して貴重な体験ができる特別企画のツアーがあります。それは嵯峨野観光鉄道の線路を歩く日帰りツアー「線路ウォークツアー」です。

詳細はこちちらです https://www.sagano-kanko.co.jp/news.php?id=86





次にこちら。

【フランス シュヴァルの理想宮】



「シュヴァルの理想宮」は1879年、フランス南部の田舎町で郵便配達員のフェルディナン・シュヴァルさんがそろばん玉が重なったような奇妙な石につまずき、その石にインスピレーションを受けたことから始まります。
以降、彼はお気に入りの石を見つけては仕事帰りに石を拾い、自宅の庭先に石灰やセメント、ワイヤーなどを使用して石を積み上げ続けました。その期間、33年!
村人からは変人扱いだったそうですが、「シュヴァルの理想宮」が話題となり、観光客も増えたようです。
「シュヴァルの理想宮」はシュヴァルさんの渾身のモニュメントとなりました。
インスピレーションはもちろん行動力や継続力も大事なのですね。




次はこちら。

【ロシア キジ島の木造教会】






ロシア北西部のオネガ湖に浮かぶキジ島は長さ7㎞ 、幅500mの細長い島です。
この島にロシアの木造建築の最高傑作といわれるプレオブラジェンスカヤ教会があります。
この教会は18世紀初頭に建築され、高さは約37mあり、22のクーポルと呼ばれる玉ねぎ
形の屋根が荘厳かつ印象的な建物です。近隣の森の木材を使用し、釘が一切使われていないことでも広く知られています。
クーポルが何だかおとぎ話の建物みたいでかわいいと思いませんか?




さて、ここからちょっと怖い場所や写真が苦手な方は気を付けてください。







次はこちらです。

【チェコ セドレツの納骨堂(骸骨教会)】






首都プラハから東に70kmほどの街、クトナー・ホラ近郊の町セドレツにセドレツ納骨堂(骸骨教会)があります。
記録によると、シトー会セドレツ修道院の長であったハインリヒなる人物は1278年、ゴルゴタの丘の土を一杯持ち帰り、修道院の墓地にまきました。このことより、墓地は神聖だとされ、多くの埋葬希望者が訪れました。その後、教会の地下も納骨堂として用いられるようになり、堂内には全部で約4万人の人骨が納められました。
時は流れて、1870年に教会を購入したシュヴァルツェンベルク家は木彫家フランティシェク・リント にちょっと変わった内装制作を依頼。それは木材ではなく人骨を用いること。
希望通りにシャンデリアなどの内装すべてを骨を用いて制作しました。
また、リントは骨で形づくったアルファベットで自身の名前を階段出口の脇の壁に残しています。
それがこちら。


 芸術家が制作すると骨も作品になるのですね。
この教会には多くの観光客が訪れて骨が語る言葉に耳をかたむけるそうです。



上記でご紹介した名所は(竹林・トロッコ除く)こちらの書籍を参考にしました。
Amazonでも取り扱いがあります。





さて、次も遺骨関連です。
それがこちら。

【フランス カタコンブ・ド・パリ】


「カタコンブ・ド・パリ」の入り口には「止まれ!ここが死の帝国である(Arrête! C’est ici l’empire de la Mort)」と刻まれています。
この看板の向こうで、訪問者は300年前にパリにいた方々の亡骸と対面することになります。






フランス・パリの地下には「カタコンブ・ド・パリ(Catacombes de Paris)」と呼ばれる世界最大のカタコンベ(地下墓地)が存在しています。
パリの大都市の地下に形成された巨大な死者の帝国は、ヨーロッパに見られるカタコンベとは違い、初めから墓地として作られたわけではなく複数の歴史的経緯が重なり今日に至っています。
それは18世紀にパリ市内の墓地の土地問題が浮上したことに始まります。
当時、大流行した疫病や伝染病の犠牲者を葬る墓地が不足。この墓地問題を解決する手段として、王室よりパリ市内の墓地を旧地下砕石場へ移動するよう命令が下り、地上の墓地から地下墓地へ人骨が移されて、現在まで残る地下墓地が作られています。
現在、「カタコンブ・ド・パリ」には600万〜700万人の人骨が葬られていると推測されています。
ちなみに、元々この場所はパリの建築物に使用するために地下に掘られたローマ時代から続く採石場でした。石の採掘が行われていた当時、土地トンネルの長さや何処へ続いているか誰も正確に知る者はいませんでした。
そのためパリの地下迷宮の地図が作られ、崩壊を防ぐための補強が行われていますが、現在に至っても完全な地図は完成していないようです。また、パリの地下砕石場跡地は総延長が320kmはあると考えられています。
この地図に記されていない未知のエリアを探索する事に情熱を燃やす「Les Cataphiles(地下探索家)」と呼ばれる人々も登場しています。
…怖くはないのでしょうか?


過去には「カタコンブ・ド・パリ」で多くの人が道に迷った末にお亡くなりになっています。
1793年に地下墓地内で消息を立ち、11年後の1804年にご遺体で発見された男性もいます。
男性が見つかった場所に建てられたお墓。


600万体の遺骨は圧巻で素手で触れることも容易にできるそうです。
なかには骨でハートを表現したものも。


「カタコンブ・ド・パリ」は見学ができますが、入場規制があるため、長いと4時間ほど待つそうです。
また、見学の際は順路に気を付けないといけません。
坑道のつくりは大変複雑で「一度足を踏み入れた者は二度と出られない。」という言い伝えもあるそうです。実際、立ち入り禁止区域に迷い込み、行方不明となったり、数年後に遺体となり、発見された人物もいるようです。

華やかな大都市の下に多くの亡骸が眠っていると思うと…不思議です。


「カタコンブ・ド・パリ(Catacombes de Paris)」はこの書籍を参考にしました。
Amazonにも取り扱いがあります。

 

以上、私的に訪れてみたいところをご紹介しました。
先に述べたように建物・建築ではないところもご紹介しましたが、どんな場所にも建築物にも
深い歴史があるのだと再認識しました。
現代では新しい最先端の建築物も数百年後・数万年後には歴史ある建築物や「当時を知る重要な建物」へとかわると思うと感慨深いものがありました。

骨も芸術、建築物も芸術。面白いですね。






 
 
 
 
 
 

 

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